消却人(けしりびと)のお仕事

2017年11月21日

「消却人 -けしりびと- 」とは?

けしりびとは2014年ごろに誕生した新しい職業です。

PC・スマホとパーソナルデバイスが一般化してきた現代、自らが亡くなった後はその処理を周囲に任せることになります。中にはたとえ家族にも見せたくないデータがあるのではないでしょうか?消却人 -けしりびと- は個人の気持ちに寄り添い、無用なデータのみを痕跡無く消却するお手伝いをする仕事なのだそうです。実際のけしりびとをされている方はこう言います。

「この世からお別れせざるを得なかった皆さまの心残りを解消するため、幾ばくかのお手伝いをさせていただくのでございます」

「シリーズ・2010年以降に登場した新業態」。今回は実際にけしりびとをされているAさんのお話をお聞きしながら、消却人 -けしりびと- の仕事の真髄に迫ります。

けしりびとの仕事

けしりびとは常にその日の仕事が決まっていることは少ないです。何もなければ朝8:30の定時までに、スーツ姿で出社し、その後は御依頼があるまでは「出来る!Windows10」といった非常に高度な専門書を熟読することで、けしりびととしての知識を研鑽することに暇はありません。また社内で勉強会やワークショップを定期的に実施するとこで、あらゆるニーズにお応えできるように日々勤めております。

10:05 御客様からのお電話

御依頼主の母上様からのお電話を頂戴しました。御依頼主は大学生。朝になっても起きてこない息子を心配して、母上様が寝室に入ったところ、すでに旅立たれていたとのことで、死因は心臓発作で事件性はないということでした。それでもご家族としては何か御依頼主が悩んでいたりしたことがないかと、御依頼主のパソコンを立ち上げたところ、パスワードが設定していてログインできず、パソコンの本体に当社の連絡先シールが貼られていたことから御連絡をいただきました。

11:00 御依頼主の心とシンクロ

御依頼主のお家に伺い、まずはさておき初めてお会いする御依頼主様にご挨拶をさせていただきます。

──心のなかではなんとお伝えするのですか?

「あなたが周りに隠したかったもの、世間に触れさせたくなかったものはすべて私が滅します。

どうかこころ安らかにお眠りください、とお伝えしました」

絹の白手袋をつけさせていただき、まずはPCに向かいます。

…ゲーミングPC。PCケース前面にLEDが華やかに光っています。PCも主人がいなくなったことをわかっているかのようです。

ここでけしりびとはご遺族やお集まりの皆さまにお願いをいたします。

「御依頼主様は誰の目にも触れること無く、データを消される事をお望みでした。彼の魂は今もこの近くでそわそわしながら見守っているはずです。早く天国に向かう準備を始めなければなりません。御依頼主様の不安を解消するため、ここから私一人で作業を心から真心を込めてさせていただきますので、どうか皆さまご退室を…」

ひとりになったところで作業を開始します。

予め御依頼主様が弊社サービスを登録した際にご入力いただいたログインパスワードでログインいたします。

Windowsが立ち上がり、デストップが表示されると、マニアックなアニメ絵が壁紙となっております。私もこの仕事をするうえで、広くアニメ・マンガ等の知識は入れておりますが、これは初めて見るタイプ。おそらくはセミプロ絵師によるオリジナルキャラクターでしょう。さてこのキャラクターは、と思っていると、突然デスクトップに別のキャラが登場し「おっはよう♪今日はお寝坊さんだね!今日の天気は ハレ 。今日のトップニュースは カンボウチョウカン ニ アラタナギワクガ ビックリマーク だってー。今日の予定は以下の通りだよ」なかなか最近は使っている人も少ないアシスタントアプリが起動したようです。天気やニュースなどの外部からデータを読んできて読み上げる部分だけ、音声が声優から機械的な声に変わるのが何とも不気味でございます。予定の欄はGoogleカレンダーが読み込まれていました。この御依頼主、結構な予定が詰まっています。暗号めいたカタチで書かれていますが、私もプロですのでひと目で意味を理解しました。これはオンラインゲームでの予定であることでしょう。これでオンラインゲーム上の記録を抹消することも決まりました。

12:00 具体的な削除作業

お昼時ではありますが、けしりびとの作業は時間が命。いち早く御依頼主様が安心して本来の旅立ちの準備ができるようにしなければなりません。

まずはブラウザのブックマークから調べていきます。いくつかのオンラインバンクとポイントサイトがブックマークから見つかりました。ここには御依頼主の残した資産が眠っている可能性がありますので、それぞれの機関の連絡先の電話番号を控えて、後ほどご遺族にお渡しいたします。死亡届があれば、残金を返金してくれることでしょう。

御依頼主は几帳面な方だったのか、ブックマークは「大学関係|バイト|ショッピング|銀行|研究」などとフォルダ分けがしっかりされていました。しかしここも丁寧に拝見させていただく事が肝要です。事実御依頼主のブックマークの「研究」の中には「世界史→アジア」とかなり子フォルダ分けもしっかりされていましたが、この「アジア」フォルダが本命で、中身は海外動画サイトが無数に収められておりました。その他の研究の中のブックマークは、それっぽいWikipediaの記事ばかりブックマークされていたので、この動画集ブックマークを隠すために、わざわざそれっぽいダミーブックマークを用意した辺りから、御依頼主の生真面目だけど少し不器用な一面に触れられた思いがあります。

Facebookやインスタは、裏垢含めてリスト化し、それぞれの扱いを別途検討いたします。代理投稿として故人のアカウントを記帳表のように残すパターンもありますが、お友達数人のアカウントだったりすると、そのお友達的にも精神的にキツい部分もあるかと思いますので、その際はアカウントをそっと閉じてしまいます。この辺りの判断はけしりびとの経験が試されます。

御依頼主の場合、Facebookやインスタは大学のご学友達と楽しく過ごされている様子が残っておりましたので、一定期間残すのが望ましいと判断いたしました。ただTwitterアカウントは「みぃたそ応援!@コミケ参戦決定!」というもので、アニメの感想に混じって、ご学友だと思われる方を罵倒するツイートが散見されましたので、こちらは削除させていただきました。

ブラウザのブックマークを消し終わったら、直近の履歴などを確認し、重要なものだけメモしてすべてクリーニングします。キャッシュとCookieも念入りに削除いたします。

特に検索の履歴は重要です。履歴をたどれば、御依頼主が何を考えていたのかが手に取るように伝わります。

ある日の検索履歴を追いますと、

「ギャル 金髪」

「ギャル 金髪 ボブ」

「最上もが」

「最上もが似 どこ?」

「最上もが似 風俗」

「渋谷 デリヘル ○○」

「渋谷 ラブホ 最安」

という流れがございました。ご家族にはお見せしたくないものです。ここは別の日にあった検索履歴での

「就職 両親 お返し プレゼント」

という心温まる調べ物をされていた日の履歴だけをお見せすることにいたします。

さて、ブラウザが終わればメールです。メールのやり取りは故人の生活が感じられ、ぜひともアーカイブ化したいところではありますが、見極めが難しいところとなります。何気ないAmazonでの注文受付のメールでも、中身を見ればあまり見られたくないお買い物などをされている事もあるからです。もちろん、オンラインショップのアカウントなども可能な限り消却していきます。

──個人間でのメールのやり取りは、何が大事ですか?

「今回の御依頼主様は独身で、特定のおつきあいをされているお相手もいらっしゃらないようでしたが、これが既婚者の方ですと、検索が難しくなります。中には浮気相手とのメールをすべて迷惑ボックスにて運用されておられる方もいらっしゃいました。抜き打ちチェックをされても、わざわざ迷惑メールフォルダを開く事はないでしょうし、定期的に自動でクリーニングされるため証拠が残りにくいです。何より仮に見つかってしまったとしても、変な出会い系からの迷惑メールだ、という最後のあがきが出来る可能性もございますので。 また以前、CIAの長官が浮気相手との連絡を共通のGmailアカウントの下書きを使って行っていたことが発覚したことがあります。なので、下書きについても念のためにご確認をさせていただいております」

スマホのご消却

スマホについては、まずはロックが解除できるかどうかが鍵となります。御依頼いただくプランによっては物理消却を望まれる場合もありますが、データだけの御依頼だった場合、ロックされている場合にはオプションで暗号解除作業をさせていただきます。今回の御依頼主様は特にご指定がありませんでしたが、最近のiPhoneですので、念のためお手をお借りして指紋を当てて突破を試みてみます。ちなみに最近のやましいやり取りをされている方は、「親指の第二関節」「親指の付け根」を登録される方が多いようです。ここであれば日常使いでもさほど支障はありませんので。

スマホでは写真やLINEの消却が主になります。とはいえ、ご家族・ご友人とのお写真やLINEのトークに関しては、なるべく残してさしあげたいとも思いますので、かなり慎重な作業が必要となります。

スマホについてはその他にも色々なお作法がありますが、それはまた別の機会にでも。

けしりびとのこれから

──けしりびとのお仕事にやり甲斐は感じられますか?

「私がこの仕事についたのは、私自身の経験からでした。以前は営業職のサラリーマンをしていたのですが、ある時高熱を出して入院をしてしまったのですが、会社で重要な案件を抱えてるところでしたので、会社に連絡をするために、妻にスマホを代わりに操作してもらったのです。その時にキャバ嬢とのやり取りをしているLINEや、出会い系アプリなどの中身を丹念に丹念に、それはもう事細かに見られてしまい……子供にも……(涙を流してしばし絶句)」

──お辛い経験を思い出させてしまい申し訳ありません。

「…いえ。その時に私は『あぁ自分の意志でデータを消したいのに消せないまま終わることはなんて辛いのだろう』と実感いたしました。その後、こちらの会社の代表とお話をさせていただく機会があり、縁あって入社させていただき、消却人の仕事をさせていただくことになりました」

──けしりびとの仕事の大切さとはなんですか?

「私たちのご同業の中には、そもそも死亡が確認できた段階ですべての端末のデータを一括削除するサービスを提供されている会社様もいらっしゃいます。一定期間、操作をしなかったり、活動量計などのデバイスデータを見て、デバイスからの信号が途絶えて一定期間で削除するなどです。確かにこちらが効率的で安全ではあるのですが、すべてのデータを消してしまう部分に、私は寂しさも感じてしまうのが正直なところです。これだけパソコンやスマホが人生で使われるようになってきた現代ですから、パソコンやスマホの中にも人生の一部が残っていて、それは残された周りの人にとっても大事な思い出となる事もあると信じています。

実際にこうして見ず知らずの人間が、データの取捨選択をする事を批判される方もいらっしゃいますし、死んだ後に知らない人間にデータを見られたくない、とお考えになられる方もいらっしゃるようです。問題なことに、一部の悪徳な者が私たちの真似事をしたうえで、故人のアカウントを乗っ取って不正にお金を送金したり、脅しやゆすり行為を行ったりしている部分には憤りを感じています。そういった問題には、現在私どもも参加させていただいている業界団体で、けしりびととしての資格試験を設け、厳しい監督下に置くことで、健全なけしりびとだけが存在する状態を目指さなければなりません。

100年前と現在では、お葬式を含めた故人を見送る作法や手段も変わって来ている中、我々けしりびとは今後必ず誰しもが必要とする世の中になっていくのではないでしょうか」

──けしりびとの仕事は、事前に私が勝手に抱いていた「どうせ浮気の証拠とか消すぐらいなんでしょ」といった、俗物的な思い込みとはまったく違い、データを消す事も大事だがデータを残すということも、また同時に大事だということであった。現代に生きる私たちは、データから逃れることはできない。デジタルタトゥーと言われるように、一度残ったデータを消すことは大変なことだ。だからこそ最後にすべてを抹消したい、というのが皆が考えることであるが、一枚の写真データや、メールのやり取り、SNSのアカウントなど、周囲にデータを残すことも「たしなみ」のひとつとなるのではないか、という少し大げさとも思える事を考えさせられた取材となった。「終活」という言葉もだんだんと一般化してきている中、「個人データの死後の取り扱い」は終活の中でも重要な一部となるのではないだろうか?

「シリーズ・ネット時代に登場した新業態」。次回は、

加工した顔写真の数は1,000人以上。婚活から就活まで引き受ける。顔写真の加工をしただけで命を救われた女性も。「SNS顔写真加工師であり、日本初の自撮り盛り講師でもある『写メ・ヒロシ』氏に密着します。

 

 

※当然ながらネタ記事です。いつか出てくると思うんですが、消却人。