「子供がメロン食べたら死ぬ」と育てられた私の身に起こった不幸

子供がメロン食べると死ぬ

オトナになってもメロンが苦手な私

いきなり自分語りで恐縮ですが、私、いいオトナになった今でもメロンが苦手であります。
味が苦手というだけなので、我慢すれば食べられない事はないですし、接待などの場で残す事が躊躇われる場面であれば無感情に食べることができますが、やっぱりどうしても苦手です。
メロンソーダ的なメロンが入ってなくてもメロンの風味がするものは、自らは選択しません。

食べ物の好き嫌いに明確な理由や、いつからだなんて忘れてしまっていたりもするものですが、私がメロンを嫌いになったのは、小学校の給食での出来事がきっかけであります。

(余談)当時の給食事情はひどかった

私は小学校と中学校が給食だったので、1980年代半ば~90年代半ばくらいの神奈川県の一部の給食事情となりますが、昔の脱脂粉乳ほどではないにしても、まぁ今にして思えばトンデモな食育でした。
何しろ全部食べきるまでお昼休み返上でしたからね。。私は乳糖不耐症気味なので、今は改善してますが、当時は牛乳を1杯飲むと下痢しがちになり、飲むのも辛く。。
当時はそんな理解もなかったので、「なぜ牛乳を飲みきらないのか?」とよく教師に怒られて昼休み返上になったものです…。
って今いろいろ調べてみたら、1970年代半ばってすでに乳糖不耐症の研究とか進んでいたみたいです。なら何故あんな強要があったんだろう…。これ別途調べて記事にします。

両親の教え「子供がメロン食べると死ぬ」

掲題がすべてではありますが、私の両親は揃ってメロンが大好物でありました。
これは我が家の幾つかの謎の一つではあるのですが、私の中での記憶では、両親がメロンを食べている時に「ちょうだい!」とせがむと両親は烈火の如く怒り、「これは子供が食べると死ぬ!」と怒っていたのです。
ちなみにメロン以外で両親の食べているものをねだって怒られた記憶もありませんし、両親もメロンのことで何度か怒った記憶はあるけど、そこまで強く言った記憶がない、と今にして証言しております。

というわけで、物心つく頃の私は「子供はメロン食べると死ぬ」という危うい知識をもったまま幼稚園や小学校生活を送っていたのでした。

「この教室で大量虐殺が始まる…!!」

とはいえ、田舎の村的な集落にある小学校でしたし、時代も時代だったので、そんなに日常的にメロンが会話に出てくることもありませんでした。
それに私はメロンが美味しくないことを知っていました。「子供が食べたら死ぬ」の流れで、皮目ギリギリまで食べきったメロンの皮をほんのちょっと味見させてもらい「苦いでしょ?」という、両親の狡猾な罠にどっぷりつかっていたのですから。いやいや、ガチ洗脳であります。

そんな小学校1年生か2年生の給食の時間、事件は起きました。
給食を受け取りにいった私(給食係というのがいて自ら列に並んで取りに行くシステムだったのです)は、本当に(6・7年の)人生の中でも最大級の衝撃を受けました。

給食に、、メロンがついてきたのです。。。
今までも「みかん」や「味の薄いヨーグルト」「名も知らぬプリン」などが稀にデザートとして付いてくることはありましたが、「メロン」が初めて給食で出たのです!

あの食べたら子供が死ぬという!

私以外の級友達はアホの子のように「メロンじゃん!」「オレ休んでる○○の分も食う!」などと大はしゃぎしています!

バカどもが!
貴様らは今から国家によって殺戮されるということに何故気づかないィィ!!!

なんて具体的な言葉は当然思いつかなかったのですが、
A「子供がメロンを食べると信じている子」

B「給食でメロンが配られた(初めて)」
という状況の中で「何でメロンをみんなに配るんだろう…!」「みんな死んじゃう!」ということだけは痛烈に実感して、
結果的に僕はギャン泣きしながら「食べちゃダメ~」と情けない声を上げながら、教室中を走り回ったのでした。
僕は本当にみんなを助けたかったんです。

ま、当然親が怒られる

その場は先生になだめられ、泣き疲れた私は午後を保健室で過ごし、おそらく学校から呼び出しを受けた母親は私を迎えにきました。
先生と母親の間でどういう会話があったかはわかりません(この記事書くにあたって確認したところ「覚えてないわー」と)
迎えに来た母親は私に対して「あんたお母さんに恥かかせて!」と怒ったものでした。
なんて理不尽な。
そして父親からも後日「男だったらだいたい全部教えなくてもわかるだろう!」と怒られたものです。
なんて理不尽な。

子供の食育って大事ですね

まぁここだけ切り取るとウチの両親がヤバい両親でネグレクト的な感じもありますが、今も昔もウチの親子は仲が良い方だと思いますので、この一件は単純な両親の失策だったか、私がホントに意図的にメロンの情報を遮断してその日まで生活していたかのどちらかだったのでしょう。
真相は闇の中のままですが、元々物心つくまでに口にすることもなく、あげくトラウマレベルの事件を引き起こしたきっかけともなったメロンについては、未だに食べたいと思わない一品となってしまいました。

ただ、「子供が食べると死ぬ!」というのは私の両親の失策だったとしても、食育というのは改めて大事だと思わせられる一件ですよね。
「食べないと○○に怒られるよ!」「食べないと背が伸びないよ!」みたいに、ネガティブな引き合いで強引に食べさせるのは無論よくないのでしょうが、かといって、「食べきれないものは無理に食べなくてもいいのよ」と最初から教えるのも難しいところだと思いますし。

いずれにしても私が今このメロン事変で一番危なかったなぁと思うのは、私自身も両親もこの一件ほとんど忘れてしまってるんですよね。何気ない親子のやり取りの中のほんのひとつな話だったんです。飲み会とかでこの話をするとウケるのもあって、よく話してるから覚えてるだけで、私もいつの間にかにメロンが嫌いだったことを忘れていたかもしれません。

モノがメロンという、そこまでしょっちゅう食すものでもないですし、現に今の私も「今からでもメロン食べられるようになりてぇ!」とか思ったりしませんし(生ハムメロンは美味しい人にとって美味しいんだろうなぁとは思うけど)。
ただし、これが同じフルーツでも「バナナ」とか一般寄りのものであったり、「パスタ食ったら死ぬ」とかだったら、その後の矯正に四苦八苦した可能性もあるわけで。

とはいえ同じように、両親が私に「子供は食べてはダメだ」と言っていたウニは、家で両親に勧められるようになっても食べられなくて、結局30歳過ぎて急に突然変異のように好物になったりしたくらいで、何が本当にきっかけなのかはわかりません。

というわけで、何気ない子供との会話が、その後のその子の食生活を変える可能性が大いにありますよ、というお話でした。

(余談)両親は酒飲みメニューだった

ウチの両親は晩ごはんで必ず晩酌をするタイプだったので、おかずが酒のアテになるものだったりして、子供の頃は晩ごはん食べきるのも大変でした。
マグロのブツ+白ご飯」「湯豆腐+白ご飯」とか、今出されたとしたも「白飯要らんわ」と拒むようなメニューが多かった記憶があります。まぁ飲む方はちょっとだけ白ご飯も食べたい的な感じでちょうど良かったのでしょうね。
その影響かどうかはわかりませんが、私は現在でも家では滅多に酒飲みませんし、お酒飲む時と飲まない時ではご飯のメニューも全然違うのも面白いものです。

うーん、やっぱりウチの両親、食育に関しては大失態してるんじゃないかなぁ。。
その割に今こうしてきっかけがダイエットとはいえ、食育の重要性を考えたり、食品の安全性とか考えてたりするので、反面教師的な感じだったのかしら…。

ま、結果オーライですね(適当)。